実践和學 Cultural Japan heritage

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越敷神社(佐渡市猿八)〈『延喜式』越敷神社〉

越敷神社(おしきじんじゃ)は 口碑には「初め 三宮の字荒屋に在りしを 慶安元年(1648)現地(猿八)に移祀すと云う」とあります 明治六年(1873)式内村社に列せられています 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 越敷神社(をしきの かみのやしろ)とされます

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

越敷神社(Oshiki shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

新潟県佐渡市猿八289

〈旧住所〉佐渡郡畑野町大字 猿八(さるはち)289番地

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主祭神》埴安姫命(はにやすひめのみこと)

相殿神譽田別尊(ほんだわけのみこと)〈応神天皇〉

《配祀神》菅原道真朝臣(すがわらのみちざねあそん)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

越敷神社

祭神
埴安神

応神天皇
菅原道真朝臣

由緒

当社は延喜式神名帳に記載ある 佐渡九社神の第七に位する大社である 寛文年中 佐渡国雑太三宮村に鎮座せる祠を先に勧請ありし 八幡社に合祀 遷座せられたり 明治6年8月式内村社に列せられる 明治31年12 月4日社殿火難に羅りしを氏子は敬神の念強く翌年より二ヶ年で再建 現在に至る

例祭日 9月1日

現地案内板より

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佐渡百選 53越敷神社Oshiki shrine

醍醐天皇の命により編集され、927年に完成した延喜式神名帳に記載された式内社。

当時、地方の名社として崇拝されていたと思われる式内社が佐渡島内に9つも存在する。畑野地区には越敷(おしき)神社をはじめ四社が集中している。

佐渡百選実行委員会

現地案内板より

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【由  (History)】

『佐渡神社誌』大正15年(1926)に記される内容

【抜粋意訳】

○村社 越敷神社 〔大字猿八字東平二八九番地鎭座〕

(當社所在地 及 祭神の事 祭神通考に委し

祭神 埴安姫命
相殿 譽田別尊

○由緒

 實曆寺社帳に當社 當國九社之内也、御神號 埴安神造化神也、土神也、神迹 今は不見と記され 明細帳には彦火々出見尊を主祭し 譽田別尊を合殿とせり、往古は越敷八幡兩社也、其越敷は延喜式所載の舊社にして本國九社の第七に位す
 口碑の傳ふる所は初三宮の字荒屋に在りしを 慶安元年 現地に移祀すといふ、其相殿は寛永五辰年の勘請と元祿の寺社帳に在りと實暦寺社帳に見えたり、明治六年六月村社に列せらる(越敷 訓讀 普通「ヲシキ」なれども「ヲブ」と訓む方古に近し「ヲニブ」の中略、明細帳 祭神をも合せ見るべし

○例祭日 九月一日

【原文参照】

新潟県神職会佐渡支部 編『佐渡神社誌』,新潟県神職会佐渡支部,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/971197

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

越敷神社 社殿

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越敷神社 本殿覆い屋

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・〈拝殿内から〉本殿

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越敷神社 拝殿

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・カエルの石像

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・参道石段・狛犬

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・鳥居

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・社号標

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・社頭

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)北陸道 352座…大14(うち預月次新嘗1)・小338

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)佐渡國 9座(並小)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)雑太郡 5座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 越敷神社
[ふ り が な ]をしきの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Woshiki no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

延喜式内社 佐渡國 雑太郡 越敷神社(貞)(をしきの かみのやしろ)の論社

・越敷神社(佐渡市猿八)

一緒に読む
越敷神社(佐渡市猿八)〈『延喜式』越敷神社〉

越敷神社(おしきじんじゃ)は 口碑には「初め 三宮の字荒屋に在りしを 慶安元年(1648)現地(猿八)に移祀すと云う」とあります 明治六年(1873)式内村社に列せられています 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 越敷神社(をしきの かみのやしろ)とされます

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・三宮神社(佐渡市三宮)
〈越敷神社 創祀の地と伝〉

一緒に読む
三宮神社(佐渡市三宮)〈延喜式内社 越敷神社 創祀の地と伝〉

三宮神社(さんぐうじんじゃ)は 順徳上皇が内房右衛門佐局との間に在島中3人の皇子(第一皇女慶子 第二皇女忠子 第三皇子千歳宮)が誕生した この第三皇子を祀る事から「親王大明神⇒三宮大明神」と称した 明治以後に三宮神社と改称 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 越敷神社(をしきの かみのやしろ)の創祀の地とも伝わります

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

佐渡汽船 両津港から県道65号経由で南下 畑野と宮川の間を流れている小倉川に沿って 県道81号を南下して山間部に入って行きます 約20.8km 車での所要時間は31~35分程度

畑野の山間部 猿八に鎮座します

越敷神社(佐渡市猿八)に参着

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社号標と木製の両部鳥居が建つ社頭があります

山間ですが 草などは生えておらず きれいに手入れがされている境内です

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一礼をしてから鳥居をくぐると 狛犬が座し 石灯籠のある石段を上がります

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拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿は 拝殿の奥に幣殿・本殿の覆い屋が一体となっています

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拝殿の屋根です

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社殿の横には゛カエルの石像゛があります

カエルは少彦名命の神使いですが・・

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社殿に一礼をして境内を戻ります

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石段を下ります
社頭は南を向いています

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 越敷神社について 所在は゛八村に在す‘〈現 越敷神社(佐渡市猿八)〉と記しています

【抜粋意訳】

越敷神社

越敷は爾布と訓べし

〇祭神 若狹比古神

○猿八村に在す、〔略風土記〕

例祭 八月朔日

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 越敷神社について 所在は゛ 猿八村に在り‘〈現 越敷神社(佐渡市猿八)〉と記しています

【抜粋意訳】

越敷(ヲシキノ)神社、

 猿八村に在り、〔佐渡風土記、神名帳考、〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 越敷神社について 所在は゛猿八村 (佐渡郡畑野村大字猿八)‘〈現 越敷神社(佐渡市猿八)〉と記しています

【抜粋意訳】

越敷神社

祭神

 今按 佐渡志 祭神 埴安神とみえたるを明細帳に祭神不詳と云るは疑はしきことあるにや猶よく考べし

祭日 八月朔日

社格 村社

所在 猿八村 (佐渡郡畑野村大字猿八)

 今按 佐渡志一説 河茂村猿橋と云所にある社まことの神跡なりと云へども 河茂村 昔より羽茂郡の地にして雜太郡に入しことなければ從ひ難しと云る説正しければ之に從へり

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

越敷神社(佐渡市猿八) (hai)」(90度のお辞儀)

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佐渡国 式内社 9座(並小)について に戻る

一緒に読む
佐渡國(さどのくに)の 式内社 9座(並小)について

佐渡国(さどのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社の一覧表です 佐渡国には 9座(並小)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

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