実践和學 Cultural Japan heritage

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大目神社(佐渡市吉岡)〈『延喜式』大目神社・佐渡國二之宮〉

大目神社(おおめじんじゃ) 延喜式内社 佐渡國 羽茂郡 大目神社(おほめの かみのやしろ)で 佐渡國二之宮とされる由緒ある古社です 創建年代など不祥ですが 『佐渡志に「徳治二年(1307)七月 吉岡地頭本間遠江守 この社を修理せし時の棟札は今も残れり」とあります

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

大目神社(Ohme shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

新潟県佐渡市吉岡1284番地

〈旧住所〉佐渡郡真野町大字吉岡1284番地

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》大宮(おほみやめのかみ)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

佐渡國二之宮

【創  (Beginning of history)】

大目神社

延喜式内社、佐渡国九の一つ。の宮ともいう。祭神は大宮売神(オオミヤメノカミ)とされている。
和名抄に見える「大目郷」の神であろう。背後の大目林は神体山である。

「佐渡志」に「徳治二年(一三〇七)七月、吉岡地頭本間遠江守 この社を修理せし時の棟札は今も残れり」とある。

佐渡市教育委員会

現地立札より

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佐渡百選

 島民が選んだ、島の宝 53 大目神社

醍醐天皇の命により編集され、927年に完成した延喜式神名帳に記載された式内社。

当時、地方の名社として崇拝されたと思われる式内社が佐渡島内に9つも存在する。

そのひとつ、大目神社は佐渡二ノ宮ともいわれている。

佐渡百選実行委員会

現地案内板より

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【由  (History)】

『佐渡神社誌』大正15年(1926)に記される伝承について

【抜粋意訳】

○村社 大目神社 〔大字吉岡字小川内小字大目林一二八四番地鎭座

祭神 大宮賣命 〔當社祭神の事 亦 祭神通考に詳論あり

由緒

 創紀不詳なれ共 延喜式神名帳に佐渡九座羽茂郡二座並小度津神社、大目神社と見え 此地は和名鈔所載の大目郷にして式内の古社也
小川内は羽茂郡にしたる一村なりしが 明暦中 雑太郡に属し 後吉岡村に併せられたるなり、又 舊羽茂郡椿尾村に鎮座の址有りと椿尾  大目郷内也
其祭神は 宝暦寺社帳に御神號 大宮 齊部宿禰太玉命子とあるに 明細帳に大巳貴命とせるは誤なるべし、抑本社は當國式内九杜の第二の宮として王朝より武門の世に至迄 公私の崇敬厚く朝野載承暦 神紙官の奏上に社司等 神事を穢し奉れるに依り 體(オホミマ)の御トに大目神の崇出で給へる由見えたり、徳治月吉岡地頭本間遠江守 社殿を造営せられし時の棟札 今尚ほ存せり、往古は杜地神領頗る広大なりしを 天正以後上杉氏の爲めに悉く削らる、古検地帳、御園帳等に大目林とあるは其遺称なりといふ。爾後甚だ振はず式内社の幣撰料供進指定に漏れたるは唯此一杜のみなるも誠に遺憾の至りなり

○例祭日 九月十二日

【原文参照】

新潟県神職会佐渡支部 編『佐渡神社誌』,新潟県神職会佐渡支部,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/971197

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

・大目神社 社殿

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・拝殿内

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・大目神社 拝殿

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・御神木

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・手水鉢

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・境内・柱庫

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・境内参道

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・鳥居

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・社号標

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・参道石段

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・社頭から真野湾の眺望

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

・〈社殿の後方 神体山〉大目林

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)佐渡國 9座(並小)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)羽茂郡 2座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 大目神社
[ふ り が な ](おほめの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Ohome no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

佐渡國の一之宮 二之宮 三之宮について

大目神社は 佐渡國 二之宮です

・〈佐渡國 一之宮

・度津神社(佐渡市)〈佐渡國一之宮〉

一緒に読む
度津神社(佐渡市羽茂飯岡)〈佐渡國一之宮・延喜式内社〉

度津神社(わたつじんじゃ)は 御祭神に 五十猛命を祀り 陸上海上の守護神として 島民から篤く信仰されています 佐渡国の一之宮と格式高い神社です ただし 1470年に大洪水があり 社地や由緒や縁起など古文書等が悉く流失したため 現在地に遷座したと伝わり その為 創立年月 その他詳かではありません

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・〈佐渡國 二之宮

・大目神社(佐渡市吉岡)〈佐渡國二之宮〉

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・〈佐渡國 三之宮

・引田部神社(佐渡市金丸)〈佐渡國三之宮〉

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引田部神社(佐渡市金丸)〈『延喜式』引田部神社・佐渡國 三之宮〉

引田部神社(ひきたべじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが 『國邑志稿』に「引田は阿倍臣同祖にて 大彦命之後也 大彦命は孝元帝の皇子にて 阿部臣等七姓之始祖也」とあり 引田氏の子孫が当国に住み祖神を祀ったものであろうとされる延喜式内社 佐渡國 雑太郡 引田部神社(ひきたへの かみのやしろ)です

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『延喜式神名帳』927年12月編纂に所載される「大目神社(おほめの かみのやしろ)」の論社について

延喜式内社 尾張國 山田郡 大目神社(おほめの かみのやしろ)の論社について

・大目神社(瀬戸市巡間町)

・神明社・八幡宮(明治39年(1906)合殿)杉の宮神社(名古屋市北区中杉町)
〈西杉村の大日堂が式内社の論社⇒現在の合殿の大日堂氏神八幡宮〉

・〈参考論社〉神明社(春日井市大留)
〈下大留村の天神が式内社の論社〉

・天目社(尾張国春日井郡東志賀村)〈所在不明〉
〈現(名古屋市北区志賀町)だが 該当神社なし 所在不明〉『尾張志(1844年)』には記載あり

・社名不明(名古屋市守山区のどこか)〈所在不明〉

延喜式内社 佐渡國 羽茂郡 大目神社(おほめの かみのやしろ)の論社について

・大目神社(佐渡市吉岡)〈佐渡國二之宮〉

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大目神社(佐渡市吉岡)〈『延喜式』大目神社・佐渡國二之宮〉

大目神社(おおめじんじゃ)は 延喜式内社 佐渡國 羽茂郡 大目神社(おほめの かみのやしろ)で 佐渡國二之宮とされる由緒ある古社です 創建年代など不祥ですが 『佐渡志』に「徳治二年(1307)七月 吉岡地頭本間遠江守 この社を修理せし時の棟札は今も残れり」とあります

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

佐渡汽船 両津港から県道65号経由で南西方向へ約21.2km

真野御陵(順徳天皇火葬塚)の西方へ1km程の高台にあります

大目神社(佐渡市吉岡)〈佐渡國二之宮〉に参着

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石段の途中には 昭和48年奉納の鳥居が建ち その後ろには締柱があります

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拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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社殿に一礼をして 境内を戻ります

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参道石段を下ります
真野湾の眺望が広がります

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社頭から再度一礼をします

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 大目神社について 所在は゛椿尾村に在す゛〈現 大目神社の旧鎮座地(佐渡市椿尾〉と記しています

【抜粋意訳】

大目神社

大目は於保女と訓べし、和名鈔、〔郷名部〕、大目〔假字上の如し〕

○祭神詳ならず

椿尾村に在す、〔略風土記〕
例祭

類社

 尾張國山田郡  大目神社の條見合すべし

雜事

朝野群載云、永曆四年六月十日、奏 龜卜御麗御卜、〔中略〕坐二 佐渡國 大目神云々、〔以下前に同じ〕

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 大目神社について 所在は゛大目郷あり、゛〈現 大目神社(佐渡市吉岡)〉と記しています

【抜粋意訳】

大目(オホメノ)神社、

〔○按 和名鈔、大目郷あり、〕

白河天皇 暦四年六月御卜に大目神、渡津神、引田部神等の神事を穢せる祟あるを以て、並に使を遣して社司に中祓を科す、即是也、〔朝野群載〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497

 

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 大目神社について 所在は゛吉岡村(明細帳に雑太郡とあり)(佐渡郡眞野村大字吉岡)゛〈現 大目神社(佐渡市吉岡)〉と記しています

【抜粋意訳】

大目神社

祭神

 今按 佐渡志に大宮賣神とあるは大目の社號によりて云出たるに似たり 明細帳に大貴命と云は大目の字オホナとも讀る故に附會せしなろべく避はしければとらず

祭日 八月十二日
社格 村社

所在 吉岡村(明細帳に雑太郡とあり)(佐渡郡眞野村大字吉岡)

 今按 佐渡志 大目はもと郷名也  羽茂郡に屬して大目郷小河内村と云る一村なりしが 明曆中 雜太郡に隷し 後又 吉岡村に併せしなし
德治二年丁未七月 本間遠江守と云る地頭 本社を修めし時の棟札あり 其時は神社 小川内川の際にありて 地殊に廣かりしが 今は田圃となりて唯大目林の名を存せるのみなる由を記せり 郡名の沿革ありと雖も神社の所在を證するに足れり

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

 

大目神社(佐渡市吉岡)〈佐渡國二之宮〉 (hai)」(90度のお辞儀)

佐渡国 式内社 9座(並小)について に戻る

一緒に読む
佐渡國(さどのくに)の 式内社 9座(並小)について

佐渡国(さどのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社の一覧表です 佐渡国には 9座(並小)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

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