美作国(みまさかのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 美作国 11座(大1座・小10座)の神社です
美作国(みまさかのくに)について
美作国(Mimasakanokuni)は 令制国の一つ〈山陽道に属する〉
現在の・岡山県東北部、兵庫県佐用郡佐用町の一部
美作国(みまさかのくに)の成立は
和銅6年(713)4月3日 備前守 百済王南典と備前介 上毛野堅身の提案により 備前国から英多郡、勝田郡、苫田郡、久米郡、真嶋郡、大庭郡の六郡を分けて設けられた国です
初代美作守は 分立提案者 上毛野堅身が就任
大和朝廷は 強大な吉備国(きびのくに)の解体〈分解〉を進め 美作国(みまさかのくに)の分立は その最終段階でした
要因としては 鉄資源を吉備氏から直接 大和朝廷の管轄下に置くことによる吉備氏の弱体化の意図があったとされます
美作国(みまさかのくに) 11座(大1座・小10座)
大社1座1社
小社10座は9社
計11座は10社
※座は神の柱数 社は神社数
郡〈延喜式神名帳に記載〉
・大庭郡(をほばの こおり) 8座(並小)
・苫東郡(とまひかしの こおり) 2座(大1座・小1座)
・英多郡(あいたの こおり) 1座(小)
大庭郡(をほばの こおり) 8座(並小)
佐波良神社(さはらの かみのやしろ)
・形部神社・佐波良神社(真庭市社)
〈古見八幡神社の境内摂社 田中神社〉
・古見八幡神社(真庭市古見)
形部神社(かたへの かみのやしろ)
・形部神社・佐波良神社(真庭市社)
・久世神社(真庭市久世)
壱粟神社二座(いちあはの かみのやしろ ふたくら)
・二宮(真庭市社)式内社 四座が鎮座〈・壹粟神社二座・久刀神社・菟上神社・長田神社〉
〈二宮(真庭市社)境内に4社並んで鎮座する社の内 向かって右から2番目 壱粟神社〉
横見神社(よこみの かみのやしろ)
・横見神社(真庭市社)
久刀神社(くとの かみのやしろ)
・二宮(真庭市社)式内社 四座が鎮座〈・壹粟神社二座・久刀神社・菟上神社・長田神社〉
〈二宮(真庭市社)境内に4社並んで鎮座する社の内 向かって右から1番目 久刀神社〉
・中和神社(真庭市蒜山下和)
・久那止荒魂神社(真庭市蒜山下和)
兎上神社(うさかみの かみのやしろ)
・二宮(真庭市社)式内社 四座が鎮座〈・壹粟神社二座・久刀神社・菟上神社・長田神社〉
〈二宮(真庭市社)境内に4社並んで鎮座する社の内 向かって右から3番目 菟上神社〉
長田神社(なかたの かみのやしろ)
・二宮(真庭市社)式内社 四座が鎮座〈・壹粟神社二座・久刀神社・菟上神社・長田神社〉
〈二宮(真庭市社)境内に4社並んで鎮座する社の内 向かって右から4番目 長田神社〉
・長田神社(真庭市蒜山下長田)
苫東郡(とまひかしの こおり) 2座(大1座・小1座)
髙野神社(かうやの かみのやしろ)
・高野神社 (津山市高野本郷)
・高野神社(津山市二宮)〈美作國二之宮〉
中山神社(名神大)(ちうさんの かみのやしろ)
・中山神社(津山市一宮)〈美作國一之宮〉
中山神社(なかやまじんじゃ)は 古代の大和朝廷が「吉備国」を分割して 新たに「美作国(mimasaka no kuni)」を創設した際に「美作國 一之宮(ichi no miya)」となった格式と由緒を持ちます 多くの謎を残した太古の社でもあり 境内の奥には 今でも静かに「猿神(saru gami)」が坐ます
中山神社(津山市一宮)〈延喜式内社 名神大社・美作國一之宮〉
英多郡(あいたの こおり) 1座(小)
天石門別神社(あめいはとわけの かみのやしろ)
・天石門別神社(美作市滝宮)
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『延喜式神名帳(engishiki jimmyocho)』は 延長5年(927年)に編纂されました このページは
山陽道に鎮座する 140座『延喜式神名帳』の所載一覧
当時の「全国の官社」(祈年祭(毎年2月)に神祇官から幣帛を受ける神社)の一覧表が所載されています
「山陽道」に鎮座する(140座…大16(うち預月次新嘗4)・小124)神社の一覧表です