甲斐国(かひのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 甲斐国の 20座(大1座・小19座)の神社です
甲斐國(かひのくに)について
甲斐国(Kahinokuni)は 令制国の一つ〈東海道に属する〉
現在の・山梨県
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もと甲斐国造(かひのくにのみやつこ)が支配する地域とされる
平安時代に
甲斐源氏(かひげんじ)が 勃興(ぼっこう)
中世を通じて
甲斐源氏(かひげんじ)の流れをくむ 武田(たけだ)氏が 守護として勢力を持ち 戦国時代には 武田信玄(しんげん)のときに全盛を迎えた
関ヶ原の戦い後
徳川氏の領有となる
享保(きょうほう)9年(1724)以降 幕府直轄領となり 幕末に至る
明治1年(1868)・府中(ふちゅう)県・市川(いちかわ)県・石和(いさわ)県に分かれたが 10月には甲斐府として合併
明治2年(1869)甲府(こうふ)県
明治4年(1871)山梨県と改称
甲斐国(かひのくに) 20座(大1座・小19座)
大社1座は 1社〈大社1社は 名神大社〉
小社19座は 19社
計20座は 20社
※座は神の柱数 社は神社数
郡として 3郡〈延喜式の当時〉
・山梨郡・八代郡・巨摩郡
山梨郡(やまなしの こおり) 9座(並小)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
神部神社(かむへの かみのやしろ)
・神部神社(甲州市塩山)
神部神社(かんべじんじゃ)は 貞観二年(860)の創建とされ 古くから岩間を湯山に作る霊泉があり 温泉湧出の霊験から岩間明神とも湯山明神とも称されたと伝わります 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です 往古は 当地は 神戸神社の鎮座により神戸荘と云われたそうです
神部神社(甲州市塩山上萩原)〈『延喜式』神部神社〉
・神部神社(山梨市上神内川)
神部神社(かんべじんじゃ)は 社記によれば 景行天皇43年 甲斐国造 塩海足尼勅を蒙り 近江国 比叡山より分霊し 神日吉と云ふをもって゛神部゛これによって神部神社と称し 国郡鎮護の社とされ 江戸時代には゛山王権現゛と称されました 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です
神部神社(山梨市上神内川)〈『延喜式』神部神社〉
・賀茂春日神社(笛吹市春日居町)
賀茂春日神社(かもかすがじんじゃ)は 賀茂社〈欽明天皇の御代(540)〉春日社〈文武天皇(698)〉が並んで祭祀されていたが 天正十年に社殿が兵火に罹り神寶古文書等が焼失 天正十四年(1517)洪水で両社共に流失し 相殿として合併されたと云う 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です
賀茂春日神社(笛吹市春日居町加茂)〈『延喜式』神部神社〉
・神明神社(笛吹市石和町窪中島)
物部神社(もののへの かみのやしろ)
・御室山〈大蔵経寺山〉(笛吹市春日居町)〈旧鎮座地〉
・物部神社(笛吹市石和町)
物部神社(もののべじんじゃ)は 大和朝廷の使者として武内宿禰(たけのうちのすくね)らが東方巡察の折 物部氏の従者により創祀されたと云う 『六国史』には゛物部神゛に神階の奉授が記され 『延喜式』に甲斐國 山梨郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)と所載されます 当初 御室山に鎮座し 鎌倉時代に現在地に遷座と云う
物部神社(笛吹市石和町松本)〈『六国史』物部神・『延喜式』物部神社〉
・大石神社(山梨市西)
大石神社(おおいしじんじゃ)は その名の通り 巨大な花崗岩のご神体〈磐座信仰〉が坐します 社殿の周囲にも数々の巨大な石〈磐座〉があり 不思議な景観となっています 社伝によると 古くは物部神社と称していたとあり 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)の論社となっています
大石神社(山梨市西)〈巨大な花崗岩のご神体が坐します〉
・大石神社(甲州市塩山赤尾)
大石神社(おおいしじんじゃ)は 社伝に 第21代 雄略天皇御宇 詔(みことのり)により海部直赤尾物部兎代宿禰(あまのあたいあかお もののべのとよのすくね)によって勧請されたと伝わります 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)の論社とされ 明治時代には 物部神社と称したと云う
大石神社(甲州市塩山赤尾)〈延喜式内社 物部神社の論社〉
・白山建岡神社(山梨市上栗原)
建岡神社(たておかじんじゃ)は 江戸時代には〔白山権現〕と呼ばれていました 同じく上栗原村にあった〔小市明神〕は 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 物部神社(もののへの かみのやしろ)であるとの一説もあります 現在〔小市明神〕は 建岡神社に合祀されているのか?
白山建岡神社(山梨市上栗原)〈上栗原村〔小市明神〕を合祀か?〉
甲斐奈神社(かひなの かみのやしろ)
・甲斐奈神社 元宮(甲府市愛宕町)
甲斐奈神社 元宮(かいなじんじゃ もとみや)は 第2代 綏靖天皇の御代 皇子 土本毘古王が 甲府盆地一面の湖水を切り開き給い 甲斐奈山(現・愛宕山)の頂きに白山大神を祀り創建されたと伝わる 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 甲斐奈神社(かひなの かみのやしろ)の古社地です
甲斐奈神社 元宮(甲府市愛宕町)〈『延喜式』甲斐奈神社〉
・甲斐奈神社(甲府市中央)
甲斐奈神社(かいなじんじゃ)は 第2代 綏靖天皇の御代 皇子 土本毘古王が甲斐奈山(現・愛宕山)の頂きに白山大神を祀り創建されたと云う 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 甲斐奈神社(かひなの かみのやしろ)とされます 永正年間(1504~1520)武田信虎〈武田信玄の父〉の築城に際し 現社地に遷座されました
甲斐奈神社(甲府市中央)〈『延喜式』甲斐奈神社〉
・甲斐奈神社〈守ノ宮〉(笛吹市春日居町国府)
・甲斐奈神社〈神祖宮〉(笛吹市一宮町)
・吾妻屋宮(笛吹市春日居町鎮目)
黒戸奈神社(くろとなの かみのやしろ)
・黒戸奈神社(山梨市牧丘町)
・黒戸奈神社(甲府市黒平町)
・細草神社(甲府市平瀬町)
・穴切大神社(甲府市宝)
金櫻神社(かなさくらの かみのやしろ)
・金櫻神社奥宮 五丈岩
・金櫻神社(甲府市御岳町)
・金桜神社(山梨市牧丘町)
・金櫻神社(山梨市歌田)
・金桜神社(山梨市万力)
松尾神社(まつのをの かみのやしろ)
・松尾神社(甲州市塩山)
・松尾神社(甲斐市中下条)
玉諸神社(たまもろの かみのやしろ)
・玉諸神社 奥宮(甲州市塩山竹森)
・玉諸神社(甲州市塩山竹森)
・玉諸神社 拝殿跡(甲府市善光寺)
・玉諸神社(甲府市国玉町)〈甲斐国三之宮〉
・御室山〈大蔵経寺山〉(笛吹市春日居町)〈旧鎮座地〉
大井俣神社(おほいまたの かみのやしろ)
・大井俣窪八幡神社(山梨市北)
・大井俣神社(山梨市小原西)
・二宮神社(甲府市川田町)
・諏訪神社(長坂町大井ケ森)
山梨岡神社(やまなしをかの かみのやしろ)
・御室山〈大蔵経寺山〉(笛吹市春日居町)〈山梨岡神社(笛吹市春日居町鎮目)の旧鎮座地〉
・吾妻屋宮(笛吹市春日居町鎮目)〈山梨岡神社(笛吹市春日居町鎮目)の旧鎮座地〉
・山梨岡神社(笛吹市春日居町鎮目)
・山梨岡神社(山梨市下石森)
巨麻郡(こまの こおり) 5座(並小)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
神部神社(かむへの かみのやしろ)
・〈旧 三輪神社の山宮〉八幡神社(南アルプス市上宮地)
八幡神社(はちまんじんじゃ)は 嘉永年間(1848~1854年)三輪神社〈今の・神部神社(南アルプス市下宮地)〉の山宮であった 大神山伝嗣院より この八幡神社に遷座し゛三輪山宮社゛と称したと伝わり 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の山宮と考えられています
八幡神社(南アルプス市上宮地)〈『延喜式』神部神社の山宮〉
・〈旧 三輪神社の里宮〉神部神社(南アルプス市下宮地)
神部神社(かんべじんじゃ)は 垂仁天皇の御代 大和の三輪神社から大物主神を勧請し「三輪明神」とも云う 上古 甲府盆地は湖水で 社前迄湖であった 例祭の゛舟引祭゛は 大和から奉遷の時 船にて此地に渡った遷座の状況を神事として伝えていると云う 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です
神部神社(南アルプス市下宮地)〈『延喜式』神部神社〉
・白山神社(明野町上神取)
白山神社(はくさんじんじゃ)は 社記に延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)と云う 第二十三代顕宗天皇の御宇(485~487年)の勧請 天文十一年(1542)火災となり現在地に遷座と伝へられます 明治四十年(1907)三月勅令を奉り 白山神社に諏訪神社 伊勢神明社を合祀されました
白山神社(北杜市明野町上神取)〈『延喜式』神部神社〉
・神部神社(須玉町小尾)
神部神社(かんべじんじゃ)は 崇神天皇の御代 当社前の御門 神戸は神地とされたと云う 又 日本武尊が東征の折り 東小尾で湯治し当社前を通り猛獣 毒蛇 叛賊を退治して東征に向かったと伝わり 文武天皇の大宝元年(701) 四柱を祀ったのが創立と云う 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です
神部神社(北杜市須玉町小尾)〈『延喜式』神部神社〉
・熱那神社(北杜市高根町)
熱那神社(あつなじんじゃ)は 社伝には 創立の年代は不詳であるが その昔 日本武尊の神徳を尊崇し 地主神として社に奉祀し 石剣を奉安し神体とした 古来 神部神社 又は 熱那神総社と称し 近傍九ヶ村の総称 熱那ノ庄の総社なることは明白であると伝わる 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)とされます
熱那神社(北杜市高根町村山西割)〈『延喜式』神部神社〉
・南宮大神社(韮崎市大草町)
南宮大神社(なんぐうだいじんしゃ)は 社記によれば 平安時代の名将 源義光〈新羅三郎義光〉が 甲斐任国の時 崇敬して社壇を造営したと云う 武田一条氏が 当社を産土神として崇敬し その支族の武川衆諸氏も協力して当社に奉仕した記録も伝へている 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)の論社です
南宮大神社(韮崎市大草町上条東割)〈『延喜式』神部神社〉
・神部社(南アルプス市寺部)
穂見神社(ほみの かみのやしろ)
・穂見神社(南アルプス市高尾)
・苗敷山 穂見神社奥宮
・穂見神社 里宮(韮崎市旭町)
・穂見神社(韮崎市穴山町)
・八幡穂見神社(中央市布施)
・穂見諏訪十五所神社(北杜市長坂町)
宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)
・宇波刀神社(北杜市明野町)
・宇波刀神社(甲府市宮原町)
・宇波刀神社(韮崎市円野町)
・御崎神社(甲府市美咲)
倭文神社(しとりの かみのやしろ)
・本宮倭文神社(韮崎市穂坂町柳平)
本宮倭文神社(ほんぐうしずりじんじゃ)は 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)とされる倭文神社降宮明神(宮久保)の山宮であった棚機宮〈七夕社〉が 神明社(上村組)・貴船神社(窪村組)・天神社(武田の烽火台と云われる城山)と貴船神社の地に(1959)合併し 本宮倭文神社と社名を改めたものです
本宮倭文神社(韮崎市穂坂町柳平)〈延喜式内社の元宮〉
・倭文神社 降宮明神(韮崎市穂坂町宮久保)
倭文神社(しずりじんじゃ)は 古代 穂坂御牧(ほさかのみまき)の役人の妻や娘などが織った精巧な織物の技芸上達を祈り祀ったのが起りとされ 山宮(柳平)の古社地より現在地へ降られた伝承と織宮(おりみや)の意から 降宮(おりみや)と呼称される 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)の論社です
倭文神社〈降宮明神〉(韮崎市穂坂町宮久保)〈延喜式内社〉
・諏訪大神社(甲斐市宇津谷)
諏訪大神社(すわだいじんじゃ)は 倭建命(やまとたけるのみこと)が北山・武川・逸見の賊を平定し 残党の復起せぬよう平穏を祷り 鎮護の神として倭文神 建葉槌命を祀り 良民初めて安居するを得て 初在家の名これより起ると口碑に伝わる 延喜式内社 甲斐國 巨麻郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)の論社です
諏訪大神社(甲斐市宇津谷)(日本武尊が創始 延喜式内社)
笠屋神社(かさやの かみのやしろ)
・笠屋天神社〈熊野神社境内〉(甲府市国母)
・諏訪神社(勝沼町等々力)
・笠屋神社(甲府市徳行)
・五社神社(明野町小笠原)
・笠屋神社(甲斐市中下条)
・諏訪神社(須玉町若神子)
・笠屋神社(南アルプス市小笠原)
八代郡(やつしろの こおり) 6座(大1座・小5座)と論社について
国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
佐久神社(さくの かみのやしろ)
・佐久神社(甲府市下向山町)
・佐久神社(笛吹市石和町)
弓削神社(ゆけの かみのやしろ)
・弓削神社(市川三郷町)
表門神社(うへとの かみのやしろ)
・表門神社(市川三郷町)
・熊野神社〈五社神社〉(右左口町)
・表門神社(甲府市白井町)
・浅間神社(市川三郷町)
淺間神社(名神大)(あさまの かみのやしろ)
・山宮神社〈浅間神社 旧鎮座地〉(笛吹市一宮町)
山宮神社(やまみやじんじゃ)は 浅間神社の゛創祀の地 本宮゛とされます 垂仁天皇の御代〈二千年以上前〉この地〈神山の麓〉に三柱の神を勧請〈現在は二柱・大山祇神・天孫瓊々杵命を祀る〉残る一柱 木花開耶姫命は〈貞観七年(865)遷座〉現在は 里宮〈現 浅間神社〉に祀られ 毎年3月に厳かに山宮神社へ神幸が行なわれています
山宮神社(笛吹市一宮町一ノ宮)〈浅間神社の〈本宮〉旧鎮座地〉
・浅間神社(笛吹市一宮町)
浅間神社(あさまじんじゃ)は 社伝には 第11代 垂仁天皇8年(約2000年前)山宮神社の地に3柱の神を祀り創始されます その後〈富士山〉貞観大噴火時〈貞観7年(865)〉鎮火神として木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)1柱を現在地に遷座し創建されたと云う 国府も近く 甲斐國一之宮とされる延喜式内社 名神大社です
浅間神社(笛吹市一宮町一ノ宮)〈甲斐國一之宮・延喜式内社〉
・河口浅間神社(富士河口湖町)
河口浅間神社(かわぐちあさまじんじゃ)は 貞観6年(864)に始まった富士山の大噴火〈貞観の大噴火〉を鎮めるために 勅命により 甲斐国に浅間名神を祀ることになったのが創始とされています この大噴火では 富士山の北麓にあった広大な湖「剗の海(セノウミ)」の大半(現在の青木ヶ原樹海)が 溶岩で埋め尽くされて 西湖と精進湖が僅かに 現在に残ったとされています
河口浅間神社(富士河口湖町)
・一宮浅間神社(市川三郷町)
一宮浅間神社(いちみやあさまじんじゃ)は 地元の言い伝えによれば 貞観6年(864)に始まった富士山の大噴火の時に 浅間の神である 木花咲耶姫命を 現鎮座地の南方にある正体山に噴火の難を逃れるために遷ったのが始まりと伝わります 明治27年(1894)鳥居原狐塚古墳(市川三郷町大塚)から中国の呉の年号である赤烏元年(238年)の銘がある銅鏡「神獣鏡」1面が出土し奉納され 国の重要文化財に指定(現在東京国立博物館展示)されています
一宮浅間神社(市川三郷町)
・青沼浅間神社(甲府市)
青沼浅間神社(あおぬませんげんじんじゃ)は 社伝によれば「貞観7年 平安初期 西暦865年に山梨郡 稲門東青沼村 現在地に建立す」とあります 延喜元年(901年)成立の『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』に記されている「山梨郡に祀られた浅間明神」とされています 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)の論社でもあります
青沼浅間神社(甲府市)
中尾神社(なかをの かみのやしろ)
・中尾神社(笛吹市一宮町)
・中尾神社(笛吹市八代町)
桙衝神社(ほこつきの かみのやしろ)
・鉾衝神社(笛吹市八代町)
・美和神社(笛吹市御坂町)
・杵衝神社 〈美和神社古社地〉(笛吹市御坂町)
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『延喜式神名帳(engishiki jimmyocho)』は 延長5年(927年)に編纂されました このページは
東海道に鎮座する 731座『延喜式神名帳』の所載一覧
当時の「全国の官社」(祈年祭(毎年2月)に神祇官から幣帛を受ける神社)の一覧表が所載されています
「東海道」に鎮座する(731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679)神社の一覧表です