実践和學 Cultural Japan heritage

Shrine-heritager

天忍穂別神社〈石舟神社〉(香我美町山川)〈『延喜式』天忍穂別神社〉

天忍穂別神社(あのおしほわけじんじゃ)は 土佐に来た物部氏代々傳領の地〈山川の里〉に氏祖神を祀つたと云う 又 饒速日尊が天磐船に乗って父神の天忍穂耳尊を慕って 土佐の国へ天降った伝説があり 石舟神社とも呼ばれます 延喜式内社 土佐國 香美郡 天忍穂別神社あめをしほわけの かみのやしろです

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

天忍穂別神社(Ameno oshihowake shrine

石舟神社(いしぶねじんじゃ)〉

通称名(Common name)

石船様(いしぶねさま)

【鎮座地 (Location) 

高知県香南市香我美町山川字 隅ヶ迫(スミガサコ)1024,1025

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと

《配》饒速日尊(にぎはやひのみこと)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

女性の手技上達・開運招福・恋愛

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

石舟さま由来

 昔 天照大神のお孫様で饒速日命(ニギハヤヒノミコト)という神様が、石舟に乗り大空を天かり給い、山川のスミガサコの山の峰にお着きになりました。

 饒速日命は、まず、河内の国のある山にお降りになり、それから大和の国の桃尾山の麓におとどまりになって、やがて父神の天忍穂耳尊(アマノオシホミミノミコト)を慕って、土佐の国へお着きになりました。土佐へ初めてお降りになったのは、物部川 下流の上岡山(野市)で、それから富家村に入られ 西川村・長谷の小村・峠の船戸・末延の水船・山川の舟谷を経て、今のスミガサコのお社にお着きにな ったといいます。

 舞川の地石は、この神様がお休みになった時 舞楽をなされた跡で、長谷の小村には烏帽子(えぼし)をかけられたという烏帽子岩があり、今のお社の南の谷はお冠を取られた所でカットリといいます。北の谷は杖谷といい、命(ミコト)がホコを置かれた所。その側の首珠が佐古は、お首飾を置かれた所といわれます。

 饒速日命がお乗りになった石舟は、境内の裏手にあり、巨大な自然石の舟型をしております。又付近には、船乗り達が献納した小さな石舟がどっさり置かれています。この小さな多くさんの石舟たちが物語る様に、航海の安全を守る舟神様であると共に疱瘡(ほうそう)様の神様としても知られております。

(桂井和雄「土佐伝説」より)
香我美町教育委員会

現地案内板より

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町指定史跡 天忍穂別神社

 天忍穂別神社は式内社で土佐に来た物部氏によって、祭神、天忍穂耳尊、相殿 饒速日尊の二神が祀られている。鎌倉時代以後は饒速日尊が天磐船に乗って天降った伝説により石船神社と呼ばれたが、谷泰山の調査(一、七〇五年)再興後、天忍穂別神社と称している。

昭和五十三年四月一日指定 香我美町教育委員会

現地立札より

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【由  (History)】

『土佐の史蹟名勝』〈昭和12年(1937)〉に記される内容

【抜粋意訳】

香美郡

天忍穂別神社

 東川村大字山川(やまかは)字スミカサコに在り。

 延喜式社にして郷社である。祭神は天忍穂別命(あまおしほわけみこと)、相殿に饒速日命(にぎはやひみこと)を祭れる石船神社(いはふねじんじゃ)がある。
この山川の里は物部氏の代々傳領の地であったので、その祖
 天忍穂別命を奉斎したものである。相殿 石船神社の祭神 饒速日命は、この天忍穂別命、栲幡千千姫命(たくはたちちひめ)の御子にましますより、御父神を慕ひ奉って、河内國より石船に乘られ、香美郡 上岡山(かみおかやま)に遷られ、更にこの山川の里に鎭まり給ふて、後、父神社の相殿となられたと傳へられて居る。
有名なる石船(いしふね)は拜殿の左方にあって、天然物で、縦凡そ八尺、横凡三尺にて、全面が船形をなして居る。

 香美郡(かがみこほり)には昔より著名 物部氏(ものべし)がある。平城天皇(へいじゃうてんのう)大同(だいどう)五年五月、香美郡の人物 文連全敷女(ふみむらじ うつしきめ)に、少初位上(せぅしょいじゃう)を授く、全敷女は同郡 物部鏡連(もののへのかがみむらじ)家主(いへぬし)の妻であると、類聚國史(るいじゅうこくし)に見えて居る。されば物部氏が、その祖先をここに齋き氏神とせしは尤ものことである。この東川村より安藝郡 和食村(わじきむら)邊へかけ、末延姓が多いが、皆 物部氏の後裔である。

【原文参照】

武市佐市郎 著『土佐の史蹟名勝』,日新館,昭12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1172787

『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承

【抜粋意訳】

○高知縣 香美郡 郷社

郷社 天忍穂別神社

祭神 正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊
 相殿 石船神社(祭神 饒連日命)海津見神社

創立年代詳ならずと雖も、延喜の制 式の小社に列し、當時廿一座の一座たり、字山川分 石船山に鎭座せるが故に石船大明神と稱し、又世に辨財天とも稱せり。

類聚国史云く、
「大同五年正月、土佐國 香美郡人 物部文連全敷女 授ニ 少初位、全敷女、同郡 物部鏡連家主之妻也、」

土佐式社考に云く、
「重遠按、天忍穂別尊為ニ 物部姓之本源、物部爲ニ 當郡人之大姓、當郡齋ニ 忍穂別尊 理當然地矣、大忍里庄山川村有ニ 石船明神、古老傳爲ニ 乘石舟 天降ニ 焉、山川 物部姓世傳領地也、正和四年乙卯當社棟札曰、願主 物部末近、元亨元年政所下ニ 知清遠名主光弘曰、土佐國大忍里庄東河末延 石船大明神、限ニ 永代令ニ 寄進四至之境、
・・・
・・・〈中略〉・・・」とあり、

御神體は玉石一枚、靈鏡一面なる由、又本社は即 石舟神社なることを考ふべし、明治元年 現今の社名一定せり、本村字末延 部落の產土神として明治五年郷社に列す。

本殿拜殿鞘屋竈屋祭典場等の諸建物を具備し、境内地三千百九十七坪 (官有地第一種 )あり。

境内神社
 機(タナハタノ)神社
 末信(スエノブノ)神社(大山祇神社を合祭せり)

【原文参照】

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』下,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088313

明治神社誌料編纂所 編『明治神社誌料 : 府県郷社』下,明治神社誌料編纂所,明治45. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1088313

神社の境内 (Precincts of the shrine)】

天忍穂別神社 本殿覆い屋

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天忍穂別神社 幣殿階段

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天忍穂別神社 拝殿

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・〈境内社〉棚機神社《主》栲幡千々姫神

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棚機(たなばた)神社 (通称 千々姫様 ちぢひめさま)

御祭神 栲幡千々姫神(たくはたちぢひめのかみ)

栲幡千々姫神 (別名 萬幡豊秋津姫命 よろずばたとよあきつひめのみこと) は蜻蛉(とんぼ)の羽のような繊細な薄い布を織る事の出来る織姫様です。
その布を天照大御神に送られたと古書に記されています。御神徳は女性の手技上達開運招福、恋愛と幅広くお守り下さいます。

本社の天忍穂別(あめのおしほわけ)大神とは、ご夫婦の神様です。
その御子が饒速日尊(にぎはやひのみこと) (石船様) です。

三月二十八日の春祭 (竜王祭) は、栲幡千々姫神(たくはたちぢひめのかみ)に祈願したことが由来と言われています。
七月七日 (七夕) のお参りもご利益があります。

※ 栲 (タエ) 梶の木の繊維を織った白布

現地案内板より

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・大桧(おおひのき)

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町天然記念物 石舟神社の大桧

大 目通りの周 三.九メートル
  高さ  三十一.五メートル

小 目通りの周 三.三メートル
  高さ  二十六.六メートル

香我美町教育委員

現地立札より

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・手水舎

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・参道石段

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・社務所

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・由緒書き

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・鳥居・社号標

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・社号標・案内立札

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・社頭・狛犬

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)南海道 163座…大29(うち預月次新嘗10・さらにこのうち預相嘗4)・小134

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)土佐國 21座(大1座・小20座)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)香美郡 4座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 天忍穂別神社
[ふ り が な ]あめをしほわけの かみのやしろ
[Old Shrine name]Amewoshihowake no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

櫛玉饒速日命(くしたま にぎはやひのみこと)が 天下った 河内国゛河上の哮峯(いかるがみね)゛について

天忍穂別神社〈石舟神社〉(香我美町山川)の伝承には
天照大神のお孫様で饒速日命(にぎはやひのみことは 石舟に乗り大空を天かり給い まず 河内国゛河上の哮峯(いかるがみね)゛にお降りになり それから大和の国の桃尾山の麓におとどまりになって やがて父神の天忍穂耳尊を慕って 土佐の国へお着きになり 土佐へ初めてお降りになったのは 物部川 下流の上岡山(野市)で それから富家村に入られ 西川村・長谷の小村・峠の船戸・末延の水船・山川の舟谷を経て 今の香我美町山川字 隅ヶ迫(スミガサコ)のお社にお着きにな ったといいます

祭神 櫛玉饒速日命(くしたま にぎはやひのみこと)は 天神御祖(あまつかみのみおや)の詔により 天磐舩(あまのいわふね)に乗り天降られた その場所は「河内国゛河上の哮峯(いかるがみね)゛」

河内国河上哮ヶ峰(いかるがみね)に降臨された その゛天磐舩゛がご神体として祀られている゛磐船神社゛について

・磐船神社(交野市私市)

【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線〈阿佐線〉のいち駅から北東方向へ約9.8km 車での所要時間は15~20分程度

香宗川沿いに県道231号を進みます

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道路脇に「石舟神社〈天忍穂別神社〉700m」の案内があり そこを曲がり香宗川を渡ります
この小さな案内を見逃すと おそらく たどり着けません

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集落の中を抜けて とにかくその道なりに進みます

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ちょっと道幅がある所で車を停めて 徒歩で向かいます
軽自動車なら行けるかも

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広場がありました

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見上げると 鳥居や建物がありました

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鳥居の正面に参道がありました

石舟神社〈天忍穂別神社〉(香我美町山川)に参着

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明治期に奉納された狛犬が座しています 軽く会釈をして進みます

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社号標があり「天忍穂別神社」と刻字されています
一礼をして 鳥居をくぐり抜けます

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鳥居の向って左側 すぐ脇に小屋のようなものがあります

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よく見ると 簡易式のモノレールです おそらく この長い石段を上がる為に用意されているものであろうと思われます
お年寄りの参拝には役立つはずです

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モノレールの軌道は 社務所のある石段の下から 参道石段の左脇を通っています

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こちらは長い石段を上がります 何段あるのか数えながら上がっていたのですが 途中でわからなくなってしまうほど 長いです

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最上部は 境内の土留めの石垣が築かれていて その間を石段が通っていて 社殿の前に出ます

拝殿にすすみます

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拝殿の扁額は「天忍穂別神社

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又 珍しい「神籤(みくじ)」の一覧が奉掲されています

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拝殿の奥に石垣で高い壇が設けられていて その上に本殿の覆い屋があります

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拝殿と本殿の覆い屋は 階段式の幣殿で繋がっています

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拝殿内部も同様です

賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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御神札については 宮司さん迄連絡と案内があります

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社殿の向かって 右手には〈境内社〉棚機神社《主》栲幡千々姫神が祀られています

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社殿に一礼をして境内を戻ります

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長い石段を下り 鳥居を抜けます

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狛犬に無事にお参りが出来たことを報告して 車まで参道を戻ります

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車に乗り込み集落へと向かいます
行きに香宗川を渡った橋が見えてきました
何となく 人里が見えて安心しました

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 天忍穗別神社について 所在は゛大忍東川村に在  石舟明神と稱す、゛〈現 石舟神社〈天忍穂別神社〉(香我美町山川)〉と記しています

【抜粋意訳】

天忍穗別神社

天忍穂別は 阿米乃於志保和氣と訓べし

〇祭神明か也

〇大忍東川村に在り〔神社記〕 石舟明神と稱す、〔式社考〕

 式社考云、舊事紀曰、天照大神 太 天忍穗別尊、娶ニ 高皇靈尊女 拷幡千々姫、誕ニ生 饒速日尊、饒速日尊乘ニ 天磐船而翔ニ 行於大虛空、天ニ 降於虛空見日本國矣、姓氏錄曰、物部姓、神饒速日命六世孫 伊賀我色雄命之後也、

類聚國史曰、大同五年正月、土左國香美郡人 物部文連全敷女 授ニ 少初位上、全敷女、同郡 物部鏡連家主之妻也、重遠按、天忍穂別尊爲ニ 物部姓之本源、物部爲ニ 當郡人之大姓、當郡齋ニ 忍穂別尊理當然矣、大忍里庄山川村有ニ 石船明神、古老傳爲ニ 乘ニ 石舟天降焉、山川物部姓世傳領地也、

正和四年乙卯 當社棟札曰、願主物部末近、元亨元年政所下ニ 知清遠名主光弘曰、土佐國大忍里庄東河末延 石船大明神、限ニ 永代令ニ 寄進四至之境、東限ニ 清名境〔清下悉脱ニ 遠字〕南限ニ 野武多於、西限ニ 高比、北限ニ 國弘名境、以爲ニ 物部末正大夫本領、又 有ニ 四年政所下ニ知 物部爾宜 神事式目、

天正六年戊寅棟札曰、檀那末延萬介物部、其祀ニ 物部祖神 饒速日命也矣、其 神體玉石 -枚、靈鏡一面、皆古代物也、其有ニ 兩爾座者、蓋併ニ鎮 父神 天忍穂別尊欺、夫式内社湮蝕埋没、蓋非ニ ー日、其偶顯者亦俗稱不合ニ 舊式者多矣、畿旬尚然、況邊鄙乎、若ニ 本郡 天穂忍別神社、案ニ 檢部内未得ニ 的名、今以ニ 舊記及姓系推乏、知ニ 石舟社 近ニ 之矣、且其廳下文鄭重如此、恐非ニ 式社不易當也、謹錄以俟ニ 後人訂正焉、

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 天忍穗別神社について 所在は゛ 大忍里庄山川村に在り石舟明神と云゛〈現 石舟神社〈天忍穂別神社〉(香我美町山川)〉と記しています

【抜粋意訳】

◎香美郡四座、並小

天忍穗別(アメノオシホワケノ)神社、

 大忍里庄山川村に在り石舟明神と云〔土佐國式社考、神名帳考証、神名帳打聞、〕

盖 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命を祀る、天之忍穗耳命名を勝速日尊兒 天大耳尊と申す、
〔日本書紀、古事記、○按 傳說云天忍穂別尊は物部姓の大祖也、本郡古昔 部姓あり、山川村世々其氏人の所領たり、元亨元年 政所下知文に、物部末正太夫本領、清選名、國弘名等、石船大明神に寄する事みえ、同四年 文書に、禰宜 物部とあり、又 古老傳に、此神 石船に乗て天降ると云時は、物部の祖神なる事著しと云りね然れども 天忍穂耳尊を物部の大祖とするものは、舊事本紀に火明命 饒速日命二人を一人とらる謬説に據れるにて、取に足らず、物部氏神官たりとて、必しも其氏神とも決難し 但 此神を以て、天忍穂耳命とする者 蓋 古来の傳説也、故 姑附て考證に備ふ〕

玉石一枚、靈鏡一面を以て、靈形とす、〔土佐國式社考、〕
忍穂耳命の御兒 天火明命 三世孫 天忍男命 葛木土神 劍根命の女 賀奈良知姫を妻として 瀛津世襲命建額赤命、世襲足姫命を生き、
〔舊事本紀〕○按 神名帳考証引 本國人説に、賀奈知 南一里に劔雄社あり、其社の西北一里に、葛木葛木咩両部鳥居ありと云るは、極めて此に由縁あるに似たり、姑附て考に備ふ、〕

凡 九月廿一日祭を行ふね〔明細帳〕

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第18−21巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815498

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 天忍穗別神社について 所在は゛東川村〔野武多乎山〕 (美郡束川村大字山川)゛〈現 石舟神社〈天忍穂別神社〉(香我美町山川)〉と記しています

【抜粋意訳】

特選神名帳 土佐國二十一座 ○香美郡四座 並小

天忍穗別神社

祭神 天忍穂別神  石舟明神

今按 舊事記に天照大日孁貴太子 正哉吾勝々速日天押穗耳尊 高皇產靈尊 女萬���幡千々姫命 妃誕生 天照國照彦櫛玉饒速日尊矣〔饒速日命を押穂耳尊の御子とし火明命同神と云るは疑はしけれど 原書のままに引り〕云々
 稟天神 御祖詔 乘天磐船而 天降坐於 河内國河上哮ケ峯云々

姓氏錄 物部 備速日命六 伊香我色雄命之後也

國史〔大同五年正月壬戌〕土佐國香美郡人 物部文連全敷云々 同郡 物部鏡連家主之妻也とあるによりて 式社考に天忍穂別尊は物部姓の本源 物部は當部の大姓なれば 忍穗別尊を祭る事由あり 但本村に石舟明神ありて 石舟に乗て天降ます神と云傳へ

正和四年棟札に願主 物部末近 また元弘元年の下文に土佐岡大忍里莊東河末延 石船大明神  永代令寄進四至之境云々 以爲物部末正大夫 本願また 政所不知 物部禰宜 神事式目等の文あるときは 物部祖神 饒速日命を祀り 父神 天忍穂別尊を合祀れる疑と云る如く 物部祖神なるべき疑然れども 天忍穂別神と天忍穂耳尊と同神としたる事 證なければ信かたし 又 天忍穂別 果して物都連氏の祖にて いかなる神と云事を知りかたし 故 神名をば姑く 延喜式に據て記せり

祭日 九月廿一日
社格 郷社

所在 東川村〔野武多乎山〕 (美郡束川村大字山川) 

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

石舟神社〈天忍穂別神社〉(香我美町山川) (hai)」(90度のお辞儀)

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土佐国の式内社 21座(大1座・小20座)

一緒に読む
土佐國 式内社 21座(大1座・小20座)について

土佐国(とさのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 土佐国(とさのくに)には 21座(大1座・小20座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

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  • B!

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出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)は 律令体制下での大和朝廷に於いて 出雲国造が 新たにその任に就いた時や 遷都など国家の慶事にあたって 朝廷で 奏上する寿詞(ほぎごと・よごと)とされ 天皇(すめらみこと)も行幸されたと伝わっています

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出雲国造(いつものくにのみやつこ)は その始祖を 天照大御神の御子神〈天穂日命(あめのほひのみこと)〉として 同じく 天照大御神の御子神〈天忍穂耳命(あめのほひのみこと)〉を始祖とする天皇家と同様の始祖ルーツを持ってる神代より続く家柄です 出雲の地で 大国主命(おほくにぬしのみこと)の御魂を代々に渡り 守り続けています

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宇佐八幡宮五所別宮(usa hachimangu gosho betsugu)は 朝廷からも厚く崇敬を受けていました 九州の大分宮(福岡県)・千栗宮(佐賀県)・藤崎宮(熊本県)・新田宮(鹿児島県)・正八幡(鹿児島県)の五つの八幡宮を云います

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行幸会は 宇佐八幡とかかわりが深い八ケ社の霊場を巡幸する行事です 天平神護元年(765)の神託(shintaku)で 4年に一度 その後6年(卯と酉の年)に一度 斎行することを宣っています 鎌倉時代まで継続した後 1616年 中津藩主 細川忠興公により再興されましたが その後 中断しています 

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對馬嶋(つしまのしま)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳』に所載されている 対馬〈対島〉の29座(大6座・小23座)の神社のことです 九州の式内社では最多の所載数になります 對馬嶋29座の式内社の論社として 現在 67神社が候補として挙げられています