大穴牟遅神(おほなむじのかみ)は
蒲の穂を使い 病を治す医術を持つ神として 描かれる
大穴牟遅神(おほなむじのかみ)は 大勢の兄弟〈八十神(やそがみ)〉があり 彼らは 稲羽の八上比売(やがみひめ)と結婚したいと出かけて行く 大穴牟遅神は 従者として袋を負わさせ 連れて行かれた
その頃 淤岐島(おきのしま)にいた「菟(うさぎ)」は 本土に渡ろうと思い 海にいる 和邇(わに)を騙し 対岸 気多之前(けたのさき)まで並ばせ その上を踏んで走り うまい具合に進んだが 騙されたことに気付いた 和邇(わに)に捕まり 毛皮を剥がされてしまう
伏せる菟の前を 八十神が通りかかり「海水を浴び 風に当たって横たわれば良い」と言われ そのようにしてみると 皮膚が 風に吹かれて裂けた 苦しみ泣いていると 最後に 大穴牟遅神が通りかかり「すぐに河口へ行き 真水で体を洗い 蒲の花粉を敷き散らし 上に寝転がれば 必ずもとの膚のように治る」と教えた その通りにすると 元通りに治った
稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)では 助けられた 菟(うさぎ)が予言した その通り 稲羽の八上比売(やがみひめ)を 大穴牟遅神(おほなむじのかみ)が得ることになっていきます
・白兎神社(鳥取市白兎)《主》白兎神
『古事記』神話には
「これが 稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)今では 兎神(うさぎがみ)と云うなり」と記されます
白兎神社(はくとじんじゃ)は 『古事記(こじき)』〈和銅5年(712)編纂〉に ”これ 稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ) 今では 兎神(うさぎがみ)と云うなり” と記される 神代からの神話の舞台で 正しい由緒を持つとされ 皇室の紋章である菊花を型どった菊座石が社殿の土台に使われています
白兎神社(鳥取市白兎)
・賣沼神社(鳥取市河原町)《主》八上比賣神(大国主神の妻神)
『古事記』神話には
「その兎(うさぎ)は 大穴牟遅神(おほなむじのかみ)に云いました「八十神(やそがみ)は 必ず 八上比売(やがみひめ)を得られません 袋を負っていても あなたが 獲(え)るでしょう
八上比売(やがみひめ)は 八十神(やそがみ)達に返答をしました
「わたくしは あなた方の言うことを聞けません 大穴牟遅神(おほなむじのかみ)の嫁となります」と記されます
賣沼神社(めぬまじんじゃ)は 『延喜式神名帳927 AD.』所載の因幡国 八上郡「賣沼神社(ひめぬの かみのやしろ)」とされます 創建は神代に遡り 神話の舞台でもあります『古事記』大国主の稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)の段で登場する゛稻羽(いなば)の八上比売(やがみひめ)゛を神に祀ります
賣沼神社(鳥取市河原町)〈゛稻羽(いなば)の八上比売(やがみひめ)゛を祀る古社〉
『古事記(Kojiki)〈和銅5年(712)編纂〉』 に記される伝承
稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)と八上比売(やがみひめ)
【抜粋意訳】
この大国主神(おおくにぬしのかみ)の兄弟(あにおとうと)には 八十神(やそがみ)〈沢山の神〉が 坐(ましま)した
しかし その八十神(やそがみ)は皆 大国主神(おおくにぬしのかみ)に国を譲ってしまいました
その理由は 八十神(やそがみ)は 稻羽(いなば)の八上比売(やがみひめ)に求婚したくて欲していて おのおのが 皆で一緒に 因幡(いなば)に行きました
この時 大穴牟遅神(おほなむじのかみ)に袋を負わせ 従者として連れて行きました
気多之前(けたのさき)に至った時に 裸(あかはだか)の兎(うさぎ)が伏しておりました
八十神(やそがみ)が その兎(うさぎ)に云うには
「傷を治すには 海水を浴び 風に当たり 高山の尾上(おのえ)に伏しているとよい」
それで兎(うさぎ)は 八十神(やそがみ)の教えのとおり 伏していました
ところが その海水の乾(かわ)くままに その身の皮が 悉(ことごと)く風に吹かれてひび割れ 痛んで泣き伏しておりました
すると最後に来た大穴牟遅神(おほなむじのかみ)が その兎(うさぎ)を見て「なんで 泣き伏しているのですか」とお尋ねになつた
兎が申しますには
「わたくしは 淤岐嶋(おきのしま)にいて この国に渡りたいと思いましたが 渡る方法がございませんでした
そこで 海の和邇(わに)を欺あざむいて言いました「わたしとあなたと どちらの同族が多いか競(くらべ)て見ましょう
あなたは一族を悉(ことごと)く連れて来て この島から気多前(けたのさき)まで 皆 列伏(ならびふし)てください
わたしは その上を蹈んで走り数を読んでいきます わたしの一族と どちらが多いかということを知ることにしよう」と言いました
欺かれて 並び伏している時に わたくしは その上を蹈んで渡つて来て 今土におりようとする時「お前は わたしに騙されたのだ」と言い終わるや否や 最も端(はし)に伏していた 鰐(わに)が わたくしを捕えて 衣(きもの)を悉(ことごと)く剥ぎました
それで困って泣いていると 八十神(やそがみ)の命が「海水を浴びて 風に当たって伏せろ」と教えられましたので その教えのとおりにしました 身は悉(ことごと)く傷だらけとなりました」
そこで大穴牟遅神(おほなむじのかみ)は その兎に教えて言いました
「今 いそいで 水門(みなと)に行き 水でお前の身体を洗い すぐにその水門の蒲黄(がまの花粉)を取って 敷き散らして その上に寝廻ったならば お前の身体は元の膚(はだ)に必ず治るだろう」と言われた
依って 教え通りにすると その身は もとの通りになりました
これが 稻羽之素菟(いなばのしろうさぎ)
今では 兎神(うさぎがみ)と云うなり
その兎(うさぎ)は 大穴牟遅神(おほなむじのかみ)に云いました
「八十神(やそがみ)は 必ず 八上比売(やがみひめ)を得られません 袋を負っていても あなたが 獲(え)るでしょう」
【原文参照】
➂手間山 赤猪岩(あかいいわ)と貝女神(かいのめがみ) に進む
八十神(やそがみ)の恨みを買った 大穴牟遅神(おほなむじのかみ)は 手間山(てまやま)の赤猪岩(あかいいわ)で殺されてしまいます 母神が 天に昇り神産巣日之命にすがり請うと 貝女神(かいのめがみ)を遣わして 大穴牟遅神は生き返ります
➂手間山 赤猪岩(あかいいわ)と貝女神(かいのめがみ)
”時の架け橋” 大国主神(おほくにぬしのかみ)
『古事記』に登場する神話の舞台 に戻る
大国主神(おほくにぬしのかみ)が 坐(ましま)す 古代出雲の神代の舞台へ行ってみたい 降積った時を振り払うように 神話をリアルに感じたい そんな私たちの願いは ”時の架け橋” があれば 叶うでしょう 『古事記(こじき)』〈和銅5年(712)編纂〉に登場する神話の舞台は 現在の神社などに埋もれています それでは ご一緒に 神話を掘り起こしましょう
”時の架け橋” 大国主神(おほくにぬしのかみ)『古事記』に登場する神話の舞台