全国 一の宮("Ichinomiya" all over Japan)

鹿島神宮(鹿嶋市宮中)

鹿島神宮(かしまじんぐう)は 武甕槌大神(たけみかづちのおほかみ)を祀る鹿島神社〈全国に約600社〉の総本宮です 『常陸国風土記713AD.』には 香島天之大神(かしまのあめのおほかみ)・『延喜式神名帳927 AD.』には 鹿島神宮(かしまの かむのみや)と記されています

大神神社(桜井市三輪)摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)・別宮(べつぐう)巡り

大神神社(おほみわじんじゃ)摂社(せっしゃ)・末社(まっしゃ)について 本社域と参道の南北に分けて 記載しています

大神神社(桜井市三輪)

大神神社(おおみわじんじゃ)は 神社の社殿が成立する以前の祭祀の姿を今に伝えている 古来から本殿は設けず 拝殿の奥にある三ッ鳥居を通し 三輪山〈御神体〉に祈りを捧げる原初の神祀りで 我が国最古の神社と呼ばれています 『古事記』『日本書紀』の記紀神話には 創建に関わる伝承が記され 『延喜式』には名神大社とされる 大和国一之宮です

伊太祁曽神社(和歌山市伊太祈曽)

伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)は 紀伊国一之宮で『続日本紀』大宝二年(702)に記事が見える古社 木の国〈紀伊国〉のルーツとされ“木の神”五十猛命を祀ります 秋月(現在の日前宮鎮座地)より山東(現在の伊太祈曽周辺「亥の森」)に遷座されたと伝えられ 『延喜式神名帳927 AD.』には 紀伊国 名草郡 伊太祁曽神社〈名神大 月次 新嘗 相嘗〉と記されます

益救神社(屋久島町宮之浦)

益救神社(やくじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載される 全国の式内社「2861社」の中で 最南端の屋久島に鎮座します 長い歴史を持ち 元々は屋久島中央部の三岳(宮之浦岳・永田岳・栗生岳)の神を祀ったものとも云われ 当神社の奥宮は 宮之浦岳の山頂に鎮座しています

出雲大神宮(亀岡市)

出雲大神宮(いずもだいじんぐう)は 社伝によれば「元出雲の社」〈出雲大社の元宮〉とされています『丹波国風土記』逸文に「奈良朝のはじめ元明天皇 和銅年中 大国主命 御一柱のみを島根の杵築の地に遷す すなわち今の出雲大社これなり」 記紀神話の「国譲り神事」は 丹波国が出雲・大和の両勢力の接点にあり 国譲りの所由によって祀られたのが当宮で 古来より元出雲の信仰があり と記されています  

建部大社(大津市)近江国一之宮

建部大社(たけべたいしゃ)は 近江国一之宮です 神社の東側では 近江国庁跡も発掘されています 社伝によれば 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の妃・布多遅比売命(フタジヒメノミコト)が神勅により 日本武尊を「建部大神」として 神崎郡 建部郷 千草嶽(現・東近江市の箕作山)に祀ったのが始まりとされ 天武天皇4年(675)近江の守護神として 現在地の栗太郡 勢多へ遷座しました  

彌彦神社(弥彦村)越後国一之宮

弥彦神社は 創建から2400年以上であるとも云われ 万葉集にも詠われる由緒ある歴史を持つ古社です 御祭神は 天照大神の曾孫の天香山命(あめのかごやまのみこと)を祀り 人々からは「おや彦さま」と呼ばれ 信仰を集めてきた越後国一之宮です

彌彦神社 奥宮 御神廟(弥彦山頂上)

彌彦神社 奥宮 御神廟は 弥彦山の頂上に鎮座します 越後国開拓の祖神「天香山命 (あめのかごやまのみこと)」と その妃神「熟穂屋姫命(うましほやのひめのみこと)」が 祀られているとされる御神廟です  弥彦山は 7~8世紀の万葉集にも詠われている古くからの信仰の歴史を持ちます

寒川神社(寒川町)相模國一之宮

寒川神社(さむかわじんじゃ)は 約1600年以上の歴史を持つとされ 古くは朝廷から さらに歴代の武将〈源頼朝公 武田信玄公 徳川将軍家など〉や 民間からも幅広い信仰がありました 今でも 八方除の守護神〈全国唯一〉として 全国各地から参拝者が絶えない 相模國一之宮です

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